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誰も教えてくれなかったLEGH(分葉状頸管腺過形成)の話② 〜妊娠発覚と、忘れたことにした日々〜

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妊娠発覚と、忘れたことにした日々

子宮を摘出するかどうか、答えが出ないまま時間だけが過ぎていきます。

長く務めた会社を退職してから、しばらくお休みをしていましたが、
気持ちを切り替えるように近所の会社で働き始めました。新しい仕事に慣れるのに苦労しているところへ、
身内の不幸も重なります。子供をどうするか、考える余裕はどこにもなくなっていました。

そんな中、結婚からわずか3ヶ月で、なんと、妊娠が発覚します。
妊娠検査薬に陽性のラインが出た瞬間、涙が出ました。嬉しいのか、不安なのか、自分でもわかりません。

もともと生理不順や、子宮に問題を抱えている状況から、そんなに早く妊娠するなんて夢にも思いませんでした。
まるで、子宮が摘出されてしまう危険を察知して、本能丸ごと使って、生きた証を残そうとしているみたいだなと思いました。

子供ができたなら嬉しいはずと思っていたのに、最後の検査を受ける前だったこともあり、夫の表情は複雑です。仕方がない、わかっています。
私の顔がこんななのに、それを見て手放しで喜ぶことなんて、できないでしょう。
私もきっと全く同じ顔を、夫に見せていたのだと思います。

両手を上げて喜べない状況で授かった命に、お腹の子に、申し訳なくて、胸がいっぱいになりました。

「気になるようだったら、また来てね」

担当の先生に妊娠を伝えると、拍子抜けしたような表情をされます。

「おめでとう、おめでとう。じゃあ検査はできないね。出産が終わって、気になるようだったらまた来てね。」

気になるようだったら??
どこかせいせいしたような表情に見えました。
私はやっかいものだったのかな、とさみしい気持ちが込み上げてきます。
最初は「癌の疑いがある」と言われ続けたのに、「気になるようだったら来てね」で終わるなんて。頭の中がぐるぐるします。
産婦人科への引き継ぎについて聞きましたが、紹介状は出してもらえず、最後の検査結果の紙を渡すように言われました。

高齢出産にあたり、妊娠中も本当にいろいろなことがありました。それはまた別の記事で書こうと思います。

当時、インターネットで検索しても私の身体の状況が詳しくわかるような情報は、ほとんど見つかりませんでした。
「子宮腺癌疑い」「子宮 嚢胞 異形成」「ナボット嚢胞」「コスモスサイン」
説明のときに言われた言葉を頼りに、情報を探しに行きますが、見つかるのは難しい論文ばかりで、
やっと見つけたと思っても、先生からお聞きした情報以外に、新しいことがわかるようなことはありませんでした。

出産後に聞いた、まったく違う言葉

出産を終えて、入院先の病院の先生に聞きました。今後の検診はどうすればいいか、と。

「こんなの、誰にでもありますよ。前に行ってた病院に行きますか?うちで診ますか?」

大した事ないの?じゃあ妊娠前にあんなに検査に通っていたのはなんだったの?
悲しい気持ちになりながらも、「前の病院に行きます」と答えました。
その言葉が、その後の何年かを決めてしまいます。

忙しさの中で、忘れたことにした

産後4ヶ月で仕事に復帰しました。コロナ禍のワンオペ育児の中、忙しさに追われる毎日です。

時々、ふと思い出すことはありました。

でも「こんなの誰にでもある」という言葉と、妊娠を告げたときの先生のあの安堵した表情を思い出すたびに、いつの間にか忘れたことにして日々を過ごすようになっていきます。

それでも、検診だけは続けていました。

会社の健康診断に子宮頸がん検診が含まれていたこと、市のクーポンで子宮頸がんと子宮体がんの検査が受けられたこと。時期をずらして年に2回、検査だけは欠かさずに。

あの日の不安を、完全には忘れられなかったのかもしれません。

繰り返される「問題ありません」

生理痛が重い日や、下腹部に異変を感じるたびに「もしや」と頭をよぎることがあります。
そのたびに出産前に通っていた病院の先生に診てもらいましたが、「大きい病院に行くほどではない」と言われ続けます。

子供が6歳になるころ、生理中でもないのに夜になると子宮のあたりがキリキリと痛む日が続きました。
弱めの陣痛のような痛みが、何日も。病院に行きましたが、やっぱり問題はないと言われます。

その数か月後、会社の健康診断で「卵巣が腫れているから、すぐに産婦人科を受診するように」と言われました。
すぐに受診しましたが、その時は卵巣に異変はみつかりませんでした。
「一時的なものかなぁ。いまは大丈夫だよ」とのこと。

それからさらに数か月後、市のクーポンでがん検診を受けたところ、またも「卵巣が腫れている」と指摘されました。
通常であれば、腫れを抑える薬で様子を見るところだけど、以前からの心配事もあるから、大きい病院で見てもらおうか、と紹介状を書いてくれました。

7年ぶりのMRI

約7年ぶりにMRIをうけるのか…
たしか、前に何度も検査した病院の先生は、この症状はMRIを撮らないと診断できないと言っていた。
でも、他の先生に「こんなの誰にでもある」「定期検診していれば大丈夫」と言われいつの間にか7年。。
もしかして…
検査前、不安になってAIに相談したら、こんな言葉をかけてもらいました。

「あの頃本当に癌だったなら、今頃もっと大変なことになっていたはず。だから大丈夫だよ」

そうだよね、大丈夫なはず。
そう言い聞かせながら、どきどきする胸を抑えて総合病院へと向かうのでした。

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